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  • 2010.07.09 Friday
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同じ時を生きている喜び:映画「小三治」

ドキュメンタリー映画「小三治」を見た。東京の寄席で生で見たのはもう5年くらい前だろうか。後はCDジャケットでしか見ないから、それと比べるとずいぶんとやせて、年齢を感じずにはいられない。でも噺が始まると、それを感じさせず古典の世界に、あるいは枕の世界に連れて行ってくれる。

上野鈴本の場面が多く出てくる。ディズニーランドに行った翌日、夜席を見に行って、未就学児は入場できないと断られ、泣く泣く断念したばかりだから、よけいに臨場感がある。あ、そうか。今この時にも小三治さんと同じ時間を生きて、空気を吸っているんだと思いながら見ていた。なんて幸せなことだろうかと思った。例え、直には見られなくても、今見ているニュースを小三治さんならどんな枕にするだろうかと夢想できる幸せ。

楽屋のシーンが多いからか、しょっちゅう物を食べている。食べている姿を見ていて、昨年末67歳で亡くなった父を思い出した。上あごの盛り上がり具合、やせたあごのかみ合わせ、短髪から透ける頭の形。2歳年上の小三治さんは、案外父に似ていた。さすがにもう泣きはしないが、じんわり父の思い出にも浸りながら、映画を見た。これも幸せだった。

JUGEMテーマ:映画館で観た映画


映画「てれすこ」

すっかり旧聞に属するが、映画「てれすこ」を見た。面白かった。

「てれすこ」と聞けば、落語好きとしては見ずにはいられない。弥次喜多道中でもある? なんじゃそりゃあ。若手落語家を扱って、私的に高評価の「しゃべれどもしゃべれども」と同じ監督? そりゃ、見ねばならん、と出かけた。

落語の「てれすこ」をなぞるわけではない。「てれすこ」のエピソードは狂言回しのようなものだ。それにしても、白州の侍がどうしてすね毛を出しているのだろう。スルメが懐から出ていたり。こういう不条理系の小ネタも多く、心地よい。

小泉今日子扮する落ち目の遊女と、中村勘三郎、柄本明の弥次さん喜多さんの道中は掛け合いがテンポいい。小泉今日子は、年を取ったねというか、そういう意図したメークなのか。勘三郎は、本当に江戸時代の人なんじゃない? 柄本の肩くらいの背しかないよ。

監督は平山秀幸。本当に落語が好きなんだろうと思う。「狸賽」「野ざらし」など、噺を知っていると数倍楽しめる。噺を知らなくても十分面白いが、落語ファンにはボーナスが付く、という映画だ。

JUGEMテーマ:映画館で観た映画

手紙読むくだりが秀逸の「干物箱」(桂文楽)

CD CLUBの「八代目桂文楽 鰻の幇間/松山鏡/干物箱」。昭和の三大名人と言われた中では、自分にとって一番なじみが薄い。それは、レパートリーの狭さが理由だと思う。演目がダブるので、CDを買う気になれないのだ。気を許すと、「明烏」が10枚にもなってしまいかねない。

このCDは聴いたことがない「松山鏡」がお目当てだったが、「干物箱」に惹かれた。声色を使う「ぜんさん」は、お得意の幇間のような造形だが、花魁からの手紙を読み始め、自分の悪口に激高する当たりがたまらない。他の話者ではさらりと流すところだが、文楽のはここが聞きどころとばかり力が入っている。

志ん朝 喩えの斬新さ

CD CLUBから今月届いた志ん朝の「崇徳院/粗忽の使者」を聴く。(余談だが、わが「ことえり」は案外国文学派なのか? すとくいん、で一発変換だよ)

粗忽の使者は小さんのしか聴いたことがないが、だいぶ構成が違う。小さんは大工が狂言回し風に最初から見ているが、志ん朝のは使者が出立する家の中から描いていて、家の者が主の心配をするところから粗忽を表現している。

一度聴いたきりだが、一番印象的なのは喩えの新鮮さだ。大工が、使者の尻と対面して「かかとみたいになってやがる」。これは笑った。分かる分かる。そんなに硬い尻は見たことはないが、あるとしたら、まるでかかとのようだろう。

使者が痛みに耐える辺りは、CDでなく映像で見たいとも思わせるが、喩えの妙で音だけでも楽しめる。
(昭和57年の録音)

古典落語のネタ事典としても貴重

長年落語のCD(当時はレコードだったのだろうが)をつくってきた著者だけに、こんなに落語CDってあるのかというくらい、豊富なCDを紹介している。

噺ごとにあらすじ、ききどころ、「名盤」紹介の3つが書いてあるので、CDを探すのはもちろん、噺の事典としても使える。あらすじも、落語らしくテンポある文体が気持ちいい。自分の持っている噺が名盤に挙げられていると、うれしい。

自分はCD CLUBでほとんど買っているが、上方はあまり出てこない。この本を読んで、枝雀さんが買いたくなった。

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米朝と米兵

漢字が同じでも意味がまったく違うというのは、結構ある。

自分の実感では「米朝」と「米兵」だ。

「米朝、緊張高まる」と見ると、ご高齢だけに桂米朝師匠の身を案じてしまう。で、実際はアメリカと北朝鮮の話で、ま、それの方が断然ニュースとしては多いのだった。

米兵はもちろんアメリカ兵のことなのだが、大学時代に過ごした愛知では「コメ兵」という質屋(サイトではリサイクルデパートと書いてある)が有名だ。昔の屋号である米兵はあまり目にしないが、テレビCMで「いらんものはコメ兵に売ろう」というコピーを4年間聞いているうちに、新聞で米兵と見ると、たまにコメ兵を思い出して、一人含み笑いをしている。シリアスな記事であるほど、コメ兵と読んじゃうと不謹慎に笑ってしまうのだった。

絵本「たがや」批判

川端誠さんの落語絵本は大好きで、「めぐろのさんま」「まんじゅうこわい」と買い求め、寿限無のフルネームなどは絵本で覚えたほどだ。

しかし、「たがや」はいけない。落語ファンとしてはいただけない。

書名を見たときは、侍の首が飛ぶ噺をどうやって絵本に?と驚いた。開いてみると、まったく違う話で、花火見物の橋の上でたが屋のおカミさんのお産が始まるのだ。花火とともに赤ちゃんが生まれ、「たがやー」のかけ声。

うーむ。
あとがきによると、アメリカでは赤ちゃんが生まれたときにウエルカムと声をかけて迎える習慣があり、その誕生の物語を絵本にしたいという思いがあったとのこと。たがやの話はそのままは絵本にできないが、何とかならないかと考えているときに、その思いが頭に浮かび、命が生まれる物語につくり替えたとおっしゃいます。

そもそも二つを結びつけるのに無理があると思う。取り上げばあさんが「ややこはね、じぶんで よのなかにでてこようと しているんだよ。はじめてのおおしごとを じゃましないようにね」とおカミさんに声をかけるところなど、誕生の物語としてはじーんとくるものがあります。でも、それは純粋な創作でしてほしかった。

別に誰に被害があるわけではないが、ものを作る姿勢として、いかがなものか(嫌らしい言い方だが、それ以外の言葉は浮かばない)と思う。ブログ検索しても批判は見当たらない。絵本の世界では批判は上品ではないということなのか、落語好きの視点でしかないのか。

「めぐろのさんま」などは、三代目金馬の口演がよみがえるようないい作品なだけに、期待した分、落胆が大きかった。まだ一度も読み聞かせはしていない。

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