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  • 2010.07.09 Friday
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思い出の旅

いくぶん緩んだが、沖縄としては寒い朝。布団の中で次男(小1)が言う。「おじいちゃん、おばあちゃんと日光にいったとき、雪が降ってたよ」。長男(小4)が受けて「それが俺たちの初雪なのだ」。

2年前の春休みに、じいちゃんとばあちゃんが二人を温泉ツアーに連れて行ってくれた。長男はその前の年に北海道に連れて行ってもらっていた。子どもに温泉は似合わないが、次男を初めて旅行に連れ出したいというじいばあの希望をそのとき叶えるのはそのプランしかなかった。その9か月後、じいちゃんは他界した。

次男の思い出話は、ばあちゃんがこう言った、こう注意されたなど、じいちゃんは出てこない。体調はぎりぎりだった。もうあまり話すこともなかったのだろう。静かに二人の孫を見守っていたのだろう。父として、子どもたちがじいと行った旅行を覚えているのがうれしかった。息子として、じいが孫との旅を叶えてから逝ったことにほっとした。

JUGEMテーマ:子供達との記憶


1周忌

そろそろ父の1周忌。午前中に墓掃除をして、こどもの靴を買いに行ったショッピングモールで、県外に住む友人に歳暮を贈ろうと申し込みコーナーに座った。目の前を見覚えがある初老の男性が歩き去った。誰だろう。どこかで会ったはずだが、すぐに出てこない。しばらく会っていないのか。

じきに思い出した。父の主治医だった人だ。そういえば、入院していた病院は近い。彼から、家族揃って告知を受けたこと、最後の瞬間が近いと言われたこと、そして臨終の時間を確認したときの顔。あれから1年、彼は何人を見送ってきたのだろう。私たち家族にも1年の時間が過ぎ、去年は送らなかった歳暮を手配している。

自分で相続登記してみた

相続税の申告も済み、次は土地建物の相続登記だ。田舎なので、価値は低いが件数は多い。知人を頼って、司法書士に見積りを頼んだら、驚くほどの金額で、これでも紹介だから安めている(これは方言かもしれない、安くしているの意)のだそうだ。

相続人5人で、土地が2つの法務局管轄に分かれ、さらに未登記もあったので、都合7件の申請書をつくる。それぞれに報酬が積み上がるから、登録免許税と同じくらいを司法書士事務所に払うのだ。自分の税込み月給とほぼ同じだ。

一念発起して、自分で登記することにした。そのものずばり「相続登記を自分でするホームページ」を探して勉強。法務局にも出向いて教えを請うた。しかし、はっきり言って法務局は不親切だ。ホームページで調べていたからよかったものの、そうでなければ、相手の言っている意味すら分からなかっただろう。また、算出した登録免許税が合ってるかどうかも教えてくれない。「事前審査はしません」とおばさんはにべもない。余分に貼り付けていても還付するわけはないだろう。まさに国家的詐欺だ(って大げさだが)。

2度目のトライで受理。その後、すんなりと済んだ。今日、2カ所目の管轄法務局支局に申請書を出してきた。案外簡単だった。やっぱり書類を整えたりというペーパーワークが向いているのかもしれない。それが職業じゃないのがうらめしいような、毎日書類に追われるのもそれはそれで辛いかもしらん、と、いろいろ考えながら、閑散とした事務所を出た。

相続人の最年長である母からの申請の報酬は今晩の夕食、沖縄そば(子ども分込み)だ。

献血の針の感触

11カ月ぶりに献血した。用のあった市役所ロビーでやっていた。前回の日付を見ると、父が入退院を繰り返していた時期だ。前回は8年ぶりだったので、もしかしたら父の入院が影響して献血しようと思い立ったのかも知れない。あるいは、記憶が変わっているかもしれないが。

400ミリ。右ひじの内側の血管に刺された針は意外に長い気がした。血管の中に異物感がある。入院末期、点滴が外れなくなった父の姿を思い出した。数日ごとに刺し代えるので血管が弱り、刺せる場所が減っていった。くるぶしの辺り、手の甲、と、思いもよらない場所に刺した。何度も刺されることがあったが、今自分が感じている痛みを、もう父は感じなかったのだろうと想像した。

思えば、亡くなってからちょうど9カ月の日だった。久しぶりに目が潤んだ。

年賀状を普通はがきに替える

手元にあった年賀状を普通はがきに取り替えてきた。今年初めて郵便のネット販売で110枚を購入したが、その後、父の容態が悪くなった。小包を開けぬまま、葬儀や法事にとりまぎれていたが、そろそろ寒中見舞いとして欠礼をわびなければと思いついた。といっても、立春も過ぎたので寒中見舞いにもならないが。

ともかく、真新しい年賀状を持って近くの郵便局へ。前日、ネットで、服喪の場合は、その旨申し出て所定の用紙を書けば交換手数料(1枚5円)が免除されると調べていたので、窓口でそういうと、応対した職員は初めて聞いたという顔をして何やら調べ始めた。結局、「再販」するので、販売期間が終わった今は手数料がかかるという。聞き返すと「もう販売終わっているので、売れませんよね」と言われた。なるほど帰ってホームページを見たら、そう書いてある。

しかし、亡くなった時点ですでに年の瀬の感じが強くなっていたから、そんなこと考えもつかなかったな。まあ、だれのせいでもないのだが、さみしい。

季節外れにエプソンのプリンタが大活躍して、パソコンラックを揺らしている。

命日の誓い

毎月の命日には墓掃除に行こう。これは、自分の家の掃除もできない自分には一大決心だ。

先日が初めての実行日だった。1月目は忌中だったので、何度も兄弟と掃除をしていたから、一人でやるのは初めてだ。正確には一人ではなかった。次男(6歳)と長女(3歳)がついてきた。

墓は、父が亡くなる直前まで整備を続けたものだ。もともと砂岩の山肌をくり貫いただけの墓を、コンクリートで固め、階段をつくり、段々畑のような植樹スペースもつくった。コンクリートの床を掃く。落ち葉がたまっている。四十九日の翌日に掃除して10日ほどしかたたないのに結構な量だ。そして、植樹スペースの草取り。これは、長女がついてきて、落ちそうで危ないので早々に切り上げた。来月は一人で来よう。

長女と次男は、おやつに持ってきたアポロチョコを供えた。「じいちゃんもおいしいって食べてるはずよ」と長女。前までは「じいちゃん、どこ行ったの?」と言っていたが、だんだんともういないことを実感してきたのかもしれない。そして、生きている自分たちがそう思うことで、じいちゃんもあの世でご飯を食べたり、笑ったりできるということにも。

時間にして、1時間もないけれど、心地よいゆっくりした時間だった。

不在の実感

四十九日も終わり、沖縄の習慣である旧十六日(旧暦1月16日にあの世の正月をする)も終わり、法事は一通り済んだ。あとは1年忌までは何もない。

法事で人が集まるので片づけていたソファを元の場所に戻した。とたんにいろんな父の姿が思い出された。腹水がたまって思うように動けない体をソファに横たえているところ。さかのぼって、元気なころ、老眼鏡をかけてソファには座らず、その前で新聞を丁寧に読んでいたこと。何だかたまらず、目をそむけると、畳間の座椅子に頭を乗せてテレビを見ている姿も浮かんだ。

家の様子は元に戻っていくのに、一人足りない。亡くなった当初の激しい悲しみとは違って、じわっと染みるような悲しさだ。これにも慣れてくるのだろうか。

法事に表れる人間性

1週間おきにやってくる法事は、その人の本性が表れる場だ。言われないと動かない、けちである、気が利く、周囲への心配りがある、などなど。今まではうすうす感じていたが、喪主の近くにいると実感として分かる。夫婦で多くの香典を持ってきた上に台所を取り仕切って下さる人もいれば、ごくごく故人に近いのに儀式の場に合わせていつの間にか来て気付くと帰っている人もいる。それを指摘して何となるものでもなく、これまで通りにやってもらえる人にはやってもらい、期待できない人には期待しないのではあるが、何だか故人がかわいそうに思うこともあってやりきれない。

次はどこかに不幸があり、支える側に回ることもあるだろう。できるだけ、同じように接したいが、実際にはやってもらった分しかお返しできないだろうなあと思う。よくしてもらった人に不幸は訪れてほしくはないが、こればかりはいつかは起こる。そのときは精いっぱいお手伝いしようと思う。これまで親戚付き合いをうとましく思っていたのだが、親戚の中に身を置いているんだなという感触が強くなった。

香典の包み方

香典袋を開けるのは初めての経験だ。出したことさえ少ない。出産祝いなど祝儀は個人、不祝儀は家代表という感じだったから、ご近所さんが亡くなっても親が出していた。第一、世代から言っても亡くなる人を知らないのだから。職場関係の人が亡くなって香典を出すときには、親に相場や札の入れ方を習った。確か、札の肖像を裏(表書きとは反対向き)に入れていた。

で、初めて開けてみると、いろいろな流儀があるのに気付いた。肖像の向きは、はっきり言って開けても印象には残らない。名前(表に書いてあるのが多い)を確かめながら、開封し、札を出すがそのとき顔がこちらを向いていても気にならない。面倒なのは、半分に折ってあるものだ。出しにくくて作業が滞る。また、顔を隠す意味だろうが、顔の上で谷折りにしているのもある。中には斜めに折って顔を隠しているものも少数だがあった。

相場は、告別式が1000円、初七日が2000-3000円。毎週訪問客があるが、奇数、つまり二十七日、三十五日、四十九日が多い。沖縄では初七日を「ナンカ」、それ以降は例えば三十五日は5*7で「イツ・ナンカ」などと「ナンカ」の前に数字を付けて呼ぶ。「ナンカ」以降は2000-3000円が主流だ。そもそも、毎週訪れる方もいるから、結構な出費になる。沖縄以外では告別式で1万円が最低ラインのようだが、沖縄でもトータルすると近しい人なら同じくらいになる。弔問を受ける側も、その相場に従って、告別式では500円前後のハンカチやらお茶、「ナンカ」以降は1000-1500円ほどのお米券などを用意する。

葬儀社のページで見たら、ナンカは故人が裁きを受けるために出廷する日なのだそうだ。毎週開廷だが、三十五日と四十九日は裁判の山場。だから、多くの人が訪れて、故人を励ますか、こんなに慕われていい人なんですという証人になるというイメージだろか。

岐阜の人に嫁いだおばがいて、岐阜の親戚が亡くなったとき、沖縄の感覚でこちらの親族が大挙して訪れようとしたら、「向こうは招待された人だけが出るのだ」と聞き、風習もいろいろなのだと思った。だから、香典も高額なのだな。

なので、四十九日が開けると、県外の人には別途、香典の半額ほどの商品を買って送るのだった。


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